10月法話会 10月2日(日)
千葉県 浄土真宗本願寺派 最誓寺住職 堀田了正
蓮・蓮華のお話です!
■はじめに
過日、白石治和鋸南町長と話す機会がありました。毎年7月に行われる「社会を明るくする運動」(法務省主催)に参加した鋸南町保護司の皆様との反省会の席上。
鋸南町佐久間ダム湖で見事に開花している「大賀ハス」が話題となりました。そこで私が、大賀蓮に大変興味を持っていること、育ててみたい、育てるのは難しいのか等々、聞いてみました。
白石町長さんが、育ててみるかい?とおっしゃってくださいました。翌日、早速町役場の方が最誓寺に来てくださいまして、最誓寺会館玄関脇の池を見られて,来年春早々蓮根を植えてくださることとなりました。今から開花する(再来年あたりに)のを楽しみにしています。
さて、「蓮・蓮華」は、仏教の教えと深い関わりがあります。皆さまご存じのように、奈良の大仏(盧舎那仏)、鎌倉の大仏(阿弥陀如来)、浄土真宗の御本尊阿弥陀如来などの仏様は、蓮の花弁の台座に坐っておられたり、お立ちになったりしておられます。
浄土真宗の根本聖典の一つ「仏説阿弥陀経」に、極楽浄土の池には、「・・・・池中蓮華 大如車輪 青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光・・・功徳荘厳」と説かれています。
(・・・・ちちゅうれんげ だいにょしゃりん しょうしきしょうこう おうしきおうこう しゃくしきしゃっこう びゃくしきびゃっこう・・・・くどくしょうごん)
このように、仏教や仏法にかかわる代表的な花というと、蓮・蓮華があげられます。
【佐久間ダム湖に咲く大賀ハス】
■「蓮・蓮華」と仏教の教え その1
「大賀ハス」にみる
仏教の「因縁果の法則」
夏を迎える頃、各地で大賀ハスが美しいピンク色の大輪の花を咲かせています。
この大賀ハスは、千葉市検見川の落合遺跡から発掘されたハスの種が、大賀一郎博士の努力によって、2000年の眠りから醒めて発芽し、みごとに花を咲かせました。
検見川の遺跡から発見されたハスの種は、3個であったそうです。その内の1個が大賀博士の適切な発芽育成により、翌年見事に花を咲かせました。
蓮の実という種さえあれば、必ずどれもが発芽し、順調に生育し、花を咲かせるとは限りません。
3個の内の1個が、内在する生命力という「因」に加えて、2000年という長い年月の間に置かれた好ましい環境に恵まれ、併せて、大賀博士の努力と土や水、空気や太陽等々の「縁」に恵まれて発芽し、やがて開花するという「果」を得ることができたのです。
他の2個は、その他の悪条件(縁)が重なったのか、発芽することができず、従って花を咲かせることもできなかった(果)ということになりました。
このように、因は同じでも、縁が変われば、果は変わるということがいえます。
釈尊が説く教えの大切なことの一つに、「因縁果の法則」があります。
大賀ハスの実の発見から開花までの一連の流れは、まさしく釈尊が説かれた因縁果の法則という真理を如実に示されているといえましょう。仏教が特に「良き縁」を大切にするのも頷けることといえましょう。
参考 財団法人仏教伝道協会刊
みちしるべー八正道シリーズ 正見ー 正しい見方
p140~p144
「原因と結果をよくわきまえよう」
植物学者でハスの権威者でもある大賀一郎博士が地元の小・中学生や一般市民などのボランティアの協力を得て落合遺跡の発掘調査を行いましたが、調査は難航し、翌日で打ち切りという夕刻になって、花園中学校の女子生徒により地下約6mの泥炭層からハスの実1粒が発掘され、予定を延長した次の日に2粒、計3粒のハスの実が発掘されたといいます。
世紀の大発見には、このようないきさつがあったとは、驚かされます。
■「蓮・蓮華」と仏教の教え その2 「泥中の蓮華(でいちゅうのれんげ)」
蓮の花は、決して美しい環境とはいえない泥の中に生えて、それでも泥に染まらず、とても美しいきれいな花を咲かせます。
泥は私たちがいるこの娑婆世界をあらわしています。泥は私たちの「煩悩(ぼんのう)」をあらわしています。
そして「花」は仏教でいう「さとり」をあらわしています。「花」は「物事をありのままに見ることができる、美しい清らかな心」をあらわしています。
つまり仏教では「このどろどろした娑婆世界で、美しい清らかな心をもった目覚めた者になろう」と蓮の花を意味づけています。
■「蓮・蓮華」と仏教の教え その3
「この人を分陀利華(ふんだりけ)と名づく。」
しかし「煩悩を無くし、さとりをひらく」ことが出来ればいいのですが、やはり圧倒的大多数の人が、泥の中にいれば泥に染まってしまいます。
でも親鸞聖人はそれが悪いことだとはおっしゃっておりません。
正信偈の中に、「能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃 凡聖逆謗斉回入 如衆水入海一味」
とあります。(よく信心をおこして、阿弥陀様の救いを喜ぶ人は、清い水をもつ川、泥水をもつ川、あらゆる川の水が海に流れ入って一つの味の澄んだ水になるように、煩悩を断たないままですべて等しく悟りを得ることが出来る。)という意味です。
白色の蓮華をサンスクリット語(梵語)でプンダリーカといい、分陀利華( ふんだりけ)と音訳されます。汚泥のなかから清らかに咲く白蓮華は仏典で好んで 取り上げられる素材であり、浄土真宗の根本聖典の一つ『観無量寿経』では、阿弥陀仏の誓い(本願)を信ずる念仏者
のことをさします。
正信偈の中に、「一切善悪凡夫人 聞信如来弘誓願 佛言廣大勝解者 是人名分陀利華」
(如来の本願を聞いて信ずるならば、仏たちは「すぐれた法の体得者」とほめたたえ、
「泥の中に咲く白蓮華(びゃくれんげ)」と称賛してくださる。)
私たちは、真実の智慧も慈悲もなく、いつも我欲本位で生きている煩悩具足(ぼんのうぐそく)の凡夫(ぼんぶ)です。尊いおみのりをお聞かせいただいても、依然として我欲は離れられませんし、煩悩もなくなりません。
そのような私ですが、本願を信じお念仏申す身になれば、「広大勝解のひとよ」、「白蓮華よ」と、仏たちがほめてくださるのは、私たち凡夫が煩悩の泥の中にあって、仏のさとりの花を開くべき身になったことを、白蓮華にたとえてほめてくださるのです。
釈迦仏をはじめとして、あらゆる仏たちから、「広大勝解のひとよ」、「白蓮華よ」とほめられるということは、実に尊いことであります。
だからといって、自分は偉くなったと高上がりするのは誤りです。
親鸞聖人は、ご法義を深く味わえば味わうほど、そんな尊い法をいただいていながら、私は依然として我欲をはなれることができず、名誉や利得を追い求めている。
お恥ずかしいことである、痛ましいことであると述懐(じゅっかい)されています。
みのるほど 頭のさがる 稲穂かな
といわれますように、聞けば聞くほど謙虚になるのが浄土真宗のみ教えであります。
※注 大賀蓮
昭和26年(1951年)5月7日、東京府中生物研究所の大賀一郎博士らが、約2000年前のハスの実の発芽実験を開始した。このハスは千葉市にあった東京大学検見川厚生農場(現・東京大学検見川総合運動場)で発見されたもので、実験2日後に発芽し、翌年7月に開花。昭和29年(1954年)には、千葉県天然記念物に指定された。このハスの子孫は「大賀ハス」と呼ばれ、日本各地に移植され、今なお、美しい花を咲かせている。