千葉県 浄土真宗本願寺派(西本願寺)

慈光山最誓寺(さいせいじ)

最誓寺は、千葉県・南房総・鋸南町(山の)にある、浄土真宗本願寺派(本山:京都 西本願寺)のお寺です。

2021年カレンダー

林幸子さん手作りのカレンダーです。

絵手紙がとても素敵ですね。

各月のカレンダーは、最誓寺くらぶでご覧いただけます

 


「品格」国家の品格、やじの品格、横綱の品格、親方の品格とは

久しぶりに聞いた、「品格」という言葉。それも、新横綱昇進の口上だった!

2021年10月1日(金) 浄土真宗本願寺派最誓寺住職堀田了正

「やじの品格」

東京新聞の「私説」コーナーに、「やじの品格」と題した一文が掲載されていた。

2020年2月24日と少々古い記事であるが、今回の新横綱照ノ富士関の横綱昇進時の口上を聞いて思い出した次第である。

(前略 全文は仏教語解説コーナー「品格その1」参照)

「やじの品格」

 こう書くのも、国会でのやじを巡る状況があまりにもひどいからにほかならない。

 直近では、立憲民主党の辻元清美衆院議員に対する安倍晋三首相の「意味のない質問だよ」だ。「鯛(たい)は頭から腐る」と言われ、「罵詈(ばり)雑言の連続で私に反論の機会が与えられなかった」からだそうだが、感情むき出しで、何の機知も感じられない。(以下 同)

 

※続きを読む「品格その1」

以下項目を記す

★「横綱の品格」第73代新横綱照ノ富士、横綱昇進時の口上

★「親方の品格は?」間垣親方(白鵬)誓約書

★「品」・・・「上品」「下品」は元々仏教語だった!

こんな大人になりたいな                2021年1月17日                 浄土真宗本願寺派 最誓寺住職 堀田了正

「御正忌報恩講法要」期間中、第64回全国児童生徒作品展が、御本山(西本願寺)で開催。入賞者が本願寺新報2021(令和3)年1月10日号に掲載されていました。

 その内、作文の部で特選作品として、こんな大人になりたいな」国府台女子学院小学部 3年 中村璃子 さんの作文が紹介されていました。

 私は中村璃子さんの作文に触れ、深い感銘と同感の意を持ちました。

 近年特に、「言葉」の使われ方が物議を醸し出すことが多発している中、「こんな大人でありたい」と、考えさせられる機会をいただきました。

 一人でも多くの大人に読んでいただきたい作品だと思います。

 以下、本願寺新報から転載させていただきます。

 

特選作品 こんな大人になりたいな

国府台女子学院小学部 3年 中村璃子

 

 わたしには大切にしている言葉があります。それは幼稚園の卒園式で先生と友達みんなで一緒にやくそくした言葉です。 

 「人の心と体をきずつけない。」 

 わたしには妹と弟がいますが、たまにケンカをしてしまいます。そん な時、わたしは心ない一言を言って、 妹や弟の心をきずつけ、泣かせてしまうことがあります。 

 「約束をやぶっちゃった:。」

 すぐに、「 ごめんね」とあやまるのですが私の心もしばらくの間、苦しいままです。わたしは言葉ってとても大切なんだ、と思いました。 

 わたしが弟とケンカをした次の 日、通学する電車内で小さい男の子と一緒のお母さんを見かけました。 男の子はちょうどわたしの弟と年が 同じくらいでした。男の子はきげんが悪かったのか、お母さんをたたきながら 、お母さんに悪口を言っていました。その悪口は前日のケンカでわたしが弟に言った言葉と同じでした。それを言われた男の子のお母さんは怒らずに、男の子に、

 「お母さん、とっても悲しいな。もし、あなたが言われたらどう思うかな。と、男の子にやさしく話しかけました。それを見ていたわたしは、心が温かくなりましたが、前日の自分のことをはずかしく思いました。

 言葉がもっている力はすごいと思います。言葉を話すことは他の動物にはできない、人間だけができることです。そして、人は言葉で気持ちを伝え、相手をよろこばせてたり、ゆう気づけられたり、悲しませたりします。だから、わたいは言葉をもっと大事につかいたいと思いますし、すてきな言葉をつかうことで家族やお友達を悲しませないようしたいと思います。

※色付け太字:筆者

2021年 年頭のご挨拶 1月1日

慈  光  照  護

 昨年は大変お世話になりました。

本年もよろしくお願いいたします。

 一昨年は、台風15号等の激甚災害。昨年は、新型コロナで医療崩壊寸前。

 父がいて母がいて・・・私は、今年で40億年75歳になります。(『いのち年』金子みすゞさんの512篇の童謡詩を世に出した矢崎節夫先生が語っている年齢の数え方。)

 「命」中川俊男日本医師会会長が記者会見で今年の漢字一字を聞かれて答えたことば。

 「いのち」について、真剣に考えさせられる年でした。

 

上記ポスター『生かされている私』の【メッセージ文】

(『本願寺新報』2020年10月1日号に掲載)

 

 自分のいのちは、自分の所有物なのでしょうか。

 

 この世に、自分の力でいのちを作り上げて生まれてきた人は一人もいません。私たちが"自分のいのち"と思っているものは、父母から受けついだものであり、その父母もまた、それぞれの父母からいのちを受けついでこの世に生を受けたのです。いのちは、はかり知れないほどのつながりの中で受けつがれてきたものなのです。

 

 また、いのちは、父や母という縦のつながりだけで育まれるものではありません。私の周りにいる人や、他の生き物、水や空気や太陽の光など、たくさんの縁のなかで、私は生きています。そのような無量の縁に支えられ今ここにいることは、まさに不思議としか言いようがありません。

 

 常に自己中心的なものの考え方しかできない私たちは、自分にとらわれて、いのちのつながりに気づくことができません。

 

 そんな私が仏法に出あうとき、自分で生きていると思っていたそのままが、生かされて今ここにいるのだと気づかされます。つまり、価値の転換がなされるのです。そして、生かされているという安心のなかで、自分にできることを精一杯つとめさせていただく生き方が開かれてくるのです。

 

「いのち年」

『みすゞコスモス② いのち こだます 宇宙』矢崎節夫著 JULA出版局

P109’ 「いのち年」は、矢崎節夫先生が、金子みすゞさんの『大漁』という詩を解説している中で、述べられています。

 

(前略)私のいのちも、鰮のいのちも、共に四十億年という”いのち年”を生きているいのちです。私は今五十三歳ですから、私の”いのちの年”は五十三歳ですが、”いのち年”は、四十億年五十三歳です。

 四十六億年前に地球ができ、四十億年前に”いのち”が生まれ、そのいのちが一度も切れることなくえんえんと受け継がれて、今、私という器に入っているのです。

 一人のいのちは、四十億年という長い年月を経て、今、その人の中にあるのです。

 もし、そのいのちを他人が勝手に消そうとするなら、本当はその人だけでなく、いのちを受け継いできた全ての存在に、「勝手に消していいか」をたずねなければいけない、そんな気がします。

 いのちの年側からではなく、いのち年側から考えるまなざしが、今、大事なのです。

 

 

 

東井義雄先生「ある中学生の作文 元服」

2021年1月11日(月)

浄土真宗本願寺派最誓寺住職堀田了正

東井義雄先生の言葉

 

「失敗は私に、私の一番いけないところを教えにきてくれた大切なお使い」

 受験シーズンがやってきた。新型コロナウイルスの都道府県感染者数が、毎日過去最大を記録を更新している中、萩生田光一文科大臣は2021年1月5日に臨時記者会見を行い、大学入学共通テストを予定通り実施する考えをあらためて表明した。緊急事態宣言が出された場合も学校の一斉休校は避けることが適切とし、高校入試なども予定通り実施することを求めた。

 

 受験シーズンになるといつも思い出すのは、東井義雄先生のことである。

 最誓寺法話会は、毎年テーマを決めて行ってきた。古い話になるが、2001(平成13)年の法話会は、「家庭にお念仏の灯を!ー東井義雄先生からのメッセージに学ぶー」をテーマとし、1年間行ってきた。。

 京都の法蔵館という出版社から出されたカレンダーに「ほのぼのカレンダー」がある。このカレンダーには、東井義雄先生の心にしみる法語が掲げられている。

 1月は、「生きる喜びに めざめさせてくださるのが ほとけさま」

 2月は、「こころの味」を大切にする家庭」。そして、受験シーズンということもあり、東井義雄先生の著書中に書かれている「ある中学生の作文 元服」を題材とした。

 

東井義雄先生 プロフィール

 1912年、兵庫県但東町の浄土真宗本願寺派東光寺に生まれる。1932年に兵庫県姫路師範学校を卒業して40年間、県下の小中学校に勤務。ペスタロッチ賞(広島大学)、平和文化賞(神戸新聞)、教育功労賞(文部省)など数々の教育関係の賞を受賞。また、著書も共著を加えると百冊にものぼり、篤信の念仏者としても知られる。1991年4月18日、往生。

 

「日本のペスタロッチ」「東の斎藤喜博、西の東井義雄」とも称され、教育関係者の中に知らない人はいないといわれるほど、教育界に与えた功績は大である。

2001(平成13)年1月27日(土)

最誓寺法話会資料

◆家庭にお念仏の灯を!ー東井義雄先生からのメッセージに学ぶー  (今年のテーマ)

 2001(平成13)年2月25日(日)

第50回法話会資料 2

 

『若い教師への手紙2 子どもを見る目・活かす知恵』東井義雄著 明治図書

「ある中学生の作文:元服」 P195~p197

 

(前略)ある中学生の作文を思い出す。

   元服

 ぼくは、今年三月、担任の先生からすすめられて、A君と二人、○○高校を受験した。○○高校は私立ではあるが、全国の優等生が集まってきているいわゆる有名高校である。担任の先生から君たち二人なら絶対大丈夫だと思うと、強くすすめられたのである。ぼくらは得意であった。父母も喜んでくれた。先生や父母の期待を裏切ってはならないと、ぼくは猛烈に勉強した。

 ところが、その入試で、A君は期待通りパスしたが、ぼくは落ちてしまった。得意の絶頂から奈落の底へ落ちてしまったのだ。何回かの実カテストでは、いつもぼくが一番でA君がそれに続いていた。それだのに、そのぼくが落ちてA君が通ったのだ。

 誰の顔も見たくないみじめな思い。父母が部屋に閉じこもっているぼくのために、ぼくの好きなものを運んでくれても、やさしいことばをかけてくれても、それがみんなよけいにしゃくにさわった。なにもかもたたきこわし、ひきちぎってやりたい怒りに燃えながら、ふとんの上に横たわっているとき、母がはいってきた。

 「Aさんが来てくださったよ」

 という。ぼくはいった。

「かあさん、ぼくは誰の顔も見たくないんだ。特に、世界中で一番見たくない顔があるんだ。世界中で一番いやな憎い顔があるんだ。誰の顔か、いわなくたってわかっているだろう。帰ってもらっておくれ」

 母は言った。

「せっかく、わざわざ来てくださっているのに、かあさんにはそんなこといえないよ。あんたたちの友だちの関係って、そんなに薄情なものなの。ちょっとまちがえば敵昧方になってしまうようなうすっぺらいものなの。母さんにはAさんを追い返すなんてできないよ。いやならいやでソッポ向いていなさいよ。そしたら、帰られるだろうから」

 といっておいて、母は出ていった。

 入試に落ちたこのみじめさを、ぼくを追い越したことのない者に見下される、こんな屈辱ってあるだろうかと思うと、ぼくは気が狂いそうだった。

 二階に上がってくる足音が聞こえる。ふとんをかぶって寝ている、こんなみじめな姿なんか見せられるか。胸を張って見すえてやろうと思って、ぼくは起きあがった。

 戸があいた。中学の三年間、A君がいつも着ていたくたびれた服のA君。涙をいっぱいためたA君が、くしゃくしゃの顔で、

「B君、ぼくだけが通ってしまってごめんね」

やっとそれだけいったかと思うと、両手で顔をおおい、かけおりるようにして階段をおりていった。

 ぼくは恥ずかしさでいっぱいになってしまった。思いあがっていたぼく。いつも、A君には負けないぞと、A君を見下していたぼく。このぼくが合格してA君が落ちたとして、ぼくはA君を訪ねて「ぼくだけが通ってしまってごめんね」と、泣いて慰めにいっただろうか。「ざまアみろ」と、よけい思いあがったにちがいない自分に気がつくと、こんなぼくなんか、落ちるのが当然だったと気がついた。彼とは人間のできがちがうと気がついた。通っていたら、どんなにおそろしい、ひとりよがりの思いあがった人間になってしまったことだろう。落ちるのが当然だった。落ちてよかった。本当の人間にするために、天がぼくを落としてくれたんだと思うと、かなしいけれども、このかなしみを大切に出直すぞと、決意みたいなものがわいてくるのを感じた。

 ぼくは、今まで思うようになることだけが幸福だと考えてきた。が、A君のおかげで、思うようにならないことの方が、人生にとって、もっと大事なことなんだということを知った。

 昔の人は一五歳で元服したという、ぼくも入試に落ちたおかげで、元服できた気がする。 

 


12月8日は何の日でしょうか!

 1年の終わりの月、「12月」。12月で思い起こすことは人それぞれでしょう。100人に聞きましたみたいなことはできませんので、「1人に聞きました」でいこうと思います。

 まず「師走:しわす・しはす)旧暦の12月」を新暦の12月に当てはめて称している。

 次は「クリスマスイブ」自分的にはクリスマスケーキ。別に茶化(茶菓)しているわけではありません。子どもの時からキリスト教に関わる行事を行うことはありませんでした。ただ、ケーキについては知り合いからいただくことがあり、おいしくいただきました。

 「除夜の鐘」も挙げられます。除夜の鐘(じょやのかね)は、日本仏教で、年末年始に行われる年中行事の一つ。12月31日の除夜(大晦日の夜)の深夜0時を挟む時間帯に、寺院の梵鐘を撞くことです。除夜の鐘は多くの寺で108回撞かれます。108は、108煩悩を指すといわれています。

 

 大晦日に食べる「年越蕎麦(としこしそば)」蕎麦は細く長いことから延命・長寿を願って食するという説がある年越しそば。大晦日に縁起(仏教で説く縁起とは異なもの)を担いで食べるソバで江戸時代に定着したそうである。ソバは他の麺類よりも切れやすいことから「今年一年の災厄を断ち切る」という意味で、大晦日の晩の年越し前に食べるソバである。今は恐らく無くなった習慣であろう引っ越しソバも、「末永く宜しく」と意味を込めたものでしょう。

 蕎麦アレルギーのある方々には、うどんやスパゲッティーという選択肢もあるでしょう。

 我が家の年越しの思い出があります。なぜか「年越蕎麦」ではなく「年越し鍋焼きうどん」でした。ただ単に蕎麦よりうどんが好きだったのかもしれません。亡き母が、かき揚げ天ぷら、海老天ぷら、ゆで卵、かまぼこ等に、庭のゆずを添えて呈され、食したことが思い出されます。

 

 時代劇大好き人間である私にとって忘れられないのが「忠臣蔵」。「南部坂雪の別れ」の場面などは、何回見ても涙を誘われます。

 

 前置きが長くなりましたが、今日「12月8日」は何の日でしょうか。「日米開戦の日トラ・トラ・トラ!( Tora! Tora! Tora! )は、1970年に公開されたアメリカの戦争映画です。 1941年12月の大日本帝国海軍による真珠湾攻撃(12月8日)をめぐる両国の動きを題材に据え、日本との合同スタッフ・キャストで制作されました。

 

 またある人は、ビートルズの「ジョン・レノン」が、ニューヨークの自宅(ダコタ・ハウス)の前でファンに射殺された日を思い出すのではないでしょう(1980年)。今年で四〇年が経ちましたとTVで言っていました。。

 

 キリスト教徒でない人もクリスマスには大騒ぎする?のに、あまり知られてはいないかもしれないが「12月8日」は仏教徒にとって記念すべき日です。 

 「実はこの日は、「ブッダが悟りを開いた日」、つまり「成道の日」とされています。ブッダガヤの菩提樹の下で瞑想を続けていたブッダはこの日の明けの明星が輝く頃に、ついに悟りを開きました。35歳でした。

 

釈尊のご生涯


お釈迦様(釈尊)のご生涯 の内

(苦行、供養、降魔・悪魔の妨害、成道)

 

釈迦は現在の北インド、ネパール付近とされるカピラ城の釈迦族の王

(スッドーダナ)の子として誕生し、16才で妻をめとり、一子ラーフをもうけるが、29才老病死について悩み王宮を出奔。6年間の修行(苦行)の末、この無意味さを自覚し、菩提樹下に端座瞑想し、35才にて成道。

 以来、インド各地を遊行・伝道し、80才にて入滅。

 

5 苦行 

 

自ら髪を下ろしたシッダールタは乞食者となり、心の闇を開くべく、マガダ国等にて多くの修行者・思想家に教えを請うが、満足を得られずに、当時、多くの者が行っていた苦行に身を投ずる事となる。  

6 供養

 

シッダールタはこの苦行を6年間行ったが、己の満足を得られず、苦行の無意味を悟り、苦行の場所を離れ、尼連禅河(ニレンゼンガ)の辺で、村の娘スジャ-タの差し出す乳粥(牛乳のお粥)を飲み、やせた体から体力を回復して菩提樹の下で禅定瞑想に入った。

 

※「スジャ-タ」って、コマーシャルでお聞きになった方おありでしょうか。

7 降魔 悪魔の妨害

 菩提樹の下で瞑想していると、天の悪魔の大群が、刀や弓矢で切り込み、あるいは美女の姿となって誘惑したりと、シッダールタの瞑想を妨害した。
 しかし、シッダールタは強い意志と勇気と精神力でこの悪魔を撃退。迫る弓矢や刃は、身に届くことなく地に落ち、あるいは花びらとなって散り、誘惑する美女は雲散霧消したと伝えられる。

 

 迫り来る悪魔の大群こそ、若きシッダールタの心の中にあった、欲望、嫉妬、葛藤等々んの煩悩を指すのであろう。

8 大正覚 お悟り 

悪魔の去った後、沈思黙考の中、シッダールタは12月8日の明けの明星輝く時、全ての人々を救済する真実と知見(大悟・解脱)を得て、仏陀(世尊)となられた。この時釈尊は35才、この日を成道会(じょうどうえ)という。

 仏陀が悟られたものは「苦の根本は何か。全ては縁起の道理によって生じ滅する」という縁起の大法則であった。

 

 仏教では、これを「三法印四諦八正道」等の言葉で説き示している。 


「俯瞰的」が流行語大賞にって声が・・・

2020年10月10日(土)

「俯瞰的」が流行語大賞にって声が・・・

 

 2020年10月13日(火)の地元紙「房日新聞」の連載コラム欄に、K氏が「流行語大賞に総合的・俯瞰的?」と題して一文を寄稿していた。

 私も、きっとそういう声が出てくるだろうと思っていたところにである。

K氏は、「詳しい説明ができなくなったような場面では、「総合的・俯瞰的な観点からこのように判断いたしました。」と答えるのが・・・」、そして、「この表現が面白おかしく、皮肉っぽく使われるようになると、本来の意味が失われていくのではないかと心配です。」とも述べている。

 全く同感である。俯瞰的という言葉の印象が、何かもやもやして、ストレス源になってしまっているのである。最初にいった人に右へならえ。政府の要人も、与党議員も。私にとっては印象が最悪のものとなってしまっているからである。

 

 そもそも「総合的・俯瞰的な観点」という言葉は、日本学術会議の会員任命問題で、日本学術会議が法に基づいて推薦した105名の内、6名を除外したことの理由を菅総理が述べた言葉である。

 その後、加藤官房長官他が、口を揃えて、「総合的・俯瞰(ふかん)的観点」との表現を繰り返した問題に関してメディアが報じていた。

 

 この問題のコメントは、ここで述べている趣旨とそぐわないので、ここでは差し控える。

 即ち、私が法話をする時に、聞く人に少しでも分かりやすくするために、紙に印字したものを使っているということを話しているのである。

 

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※流行語大

 今年最も話題となった言葉を選ぶ『現代用語の基礎知識選 2020ユーキャン新語・流行語大賞』のノミネート30語が11月5日、発表された。ノミネート30語にはこのHPでも話題にした「アベノマスク」「アマビエ」「総合的、俯瞰的」などが取り上げられている。


「伝える」「伝わる」「理解する」「判断する」

2020年10月10日(土)

 25年前のことを思い出した。

 教員免許中学校社会科であった私が、22年間の中学校勤務を終え、小学校に転勤した。

 赴任して初めて小学生の前に立った私が、挨拶をした時のことである。

 挨拶が終わって職員室に帰ってきた時、一人のベテラン女教師が、二つのことを忠告してくれた。「言葉が難しい」、そして、「長すぎる」であった。

 (職員皆がそう思ったことだろう。もちろん小学生も。)

 赴任第一声を気負って発し、自分的には、合格点をあげたい気持ちであった私は、一瞬言葉に詰まった。でも、確かに小学校には、一年生から六年生までいて、中学生に話す時と違って、「わかりやすい言葉で」「要領よくまとめて」「短く」話すことが肝心であったと、改めて知らされたことである。

 そして、人の前に立って話す時には、このことを肝に銘じ、現在に至っている。

 (本来中学生に対しても、大人に対してもこの二つのことは大切なのだが。)

 聞く側が、話された内容を理解し、その上で判断するためにもである。

 (話しっぱなしで、相手が理解しようがしまいが、どうでもいいと考えている話し手が万が一いるとしたら論外であるが。)

 

 なぜこのことを思い出したのかというと、一昨日ある方のお通夜の席で、法話をさせていただいた時のことである。

 喪主の方が、「ご住職さんは、いつも文字を書いた紙を提示してお話しするのですか」と聞いてこられた。

 仏教語をあまり使わないで話すことを心がけてはいるが、私の能力では極めて困難なことであると自覚している。

 そこで、理解を深めていただくために、印字した紙を提示することにしている。

 この時は、法名(ほうみょう)と「和顔愛語(わげんあいご)」の二つであった。

 

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※「ほほえみの保育」、「臨海期」、「俯瞰」「流行語大賞」・・・・。


恒久平和への願い新たに 第40回千鳥ヶ淵全戦没者追悼法要

2020年10月2日(金)

 2020年10月1日(木)の本願寺新報で、9月18日(金)に営まれた「第40回千鳥ヶ淵全戦没者追悼法要」が報じられた。

 宗門を代表して、本願寺派総長の石上智康師が、「平和宣言」を発し、「心を通い合わせ、痛み分け合い。協力し合って生きていく先にこそ、苦難を乗りこえ、平和をより確かなものにする道が開かれていく」と述べ、最後に、「本日、この同じ時に全国各地の寺院から、平和の鐘の音が鳴り響きます。鐘の響きに込められた私たちの願いが、世界へ、子や孫へ届いてゆくよう、共に精いっぱいつとめてまいりましょう。」と高らかに宣言された。

 法要に先立ち、「いのちの尊さ」「非戦・平和の大切さ」をテーマにした宗門校生の作文の内、中学と高校のそれぞれ最優秀作文に選ばれた安達千紗さん(福岡・敬愛中3年)と中馬朋香さん(大阪・相愛高1年)が作文を朗読した。

 また、宗派(西本願寺)製作映画「ドキュメンタリー沖縄戦」が、法要に合わせて4教区で上映会が行われた。(全国上映)

                                『父さん 母さん 来たよ』

(『本願寺新報』2020年7月1日号に掲載)

 10年あまり前、大ヒットした『千の風になって』に、「わたしは、お墓の中にはいません」という歌詞がありました。浄土真宗の信仰に篤かった庄松(しょうま)さんのエピソードにも「わしゃ、墓の下にはおらんぞ」と言ったそうです(『庄松ありのまま記』)。

 一見ほとんど同じですが、内実はかなり異なります。風になったり星になったりという自然現象と、浄土(じょうど)に往生(おうじょう)するから墓にはいないというのとは、本質的に違います。

 ポスター写真は、亡き両親に思いをはせてお墓参りをしている場面ですが、真宗念仏者としてのお墓参りは、墓の下の遺骨に手を合わせているのではありません。愛しい両親への思慕を通して「南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)」のご本尊に合掌し、お念仏申しているのです。そして、称える念仏を通して、南無阿弥陀仏に出遇わせていただいているのです。だからこそ、阿弥陀さまは、「よく来てくれたね」と微笑(ほほえ)まれ、亡き両親も、お浄土に往生され、み仏となられていますから、私たちがお念仏申す身になることを、一番喜んでくださっているのです。


台風15号から早一年、今鋸南町は!

2020年9月9日

台風15号で甚大な被害を蒙った鋸南町「岩井袋地区」

今なおブルーシートの家々


 

         台風15号襲来から早1年今なお、

ボランティアの方々が、復興にご尽力!

 

 2019年9月9日(月)、「令和元年房総半島台風」と命名された台風15号では、「激甚災害」に認定されるほどの大被害を受けた。

 一年後の2020年9月8日(火)地元紙「房日新聞・展望台」に「台風と内閣」と題して、房日新聞社のO氏が一文を寄せた。

 O氏は、前半で当時の惨状を振り返り、続いて、

 『長い停電でテレビも見られなかった。後で知ることとなるが、この「房州停電」期間中に安倍晋三首相は、内閣改造をしていた。目玉は小泉進次郎氏の環境大臣就任だった。

  未曾有の被害が出ているのに、なぜ普通に内閣改造し、なぜ普通に新閣僚が記者会見しているのか。』と。そして、『小泉大臣はその後、当地を訪れ、被災者を前に「被災地に寄り添いたい」などと発言した。あれから1年、大臣がこの地に寄り添った形跡は見ていない。』と述べている。

 

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台風12号接近中、日本テレビの取材を受ける!

※写真 台風12号接近の鋸南町:昨年被害を受けたお宅を訪問。(15:00頃)

日本テレビ「Newsゼロ」一年後の鋸南町を取材

     (2020/9/23 23:00~放送)

再放送「zip」(2020/9/24 7:00~)


千葉組僧侶研修会開催される 2020年9月4日(金)    「鋸南町災害復興の歩み」

2020年7月14日

2020年9月4日(金)千葉組(浄土真宗本願寺派:西本願寺)僧侶研修会が開催されました。

今年度は、災害が相次ぐ昨今、私たちはどう行動するかを主眼に、講師に2019年9月台風15・19号で甚大なる被害を受けた鋸南町(激甚災害指定)にて復興ボランティア団体「鋸南RCV(鋸南ロータリークラブ・有志ボランティアグループ)」並びに「鋸南復興アクセラレーション」を立ち上げ、現在も地元の復興に尽力されている堀田了誓代表(最誓寺寺族)及び笹生さなえ「鋸南復興アクセラレーション」副代表を迎え、被災から復興・課題等に学びを深めました。 

【朝日新聞夕刊:2020年8月13日(木】

・「天井も畳もカビでいっぱい。体がどうにかならないか、ずっと怖かった。来てくれて感謝、感謝です。」

(取材先:網代弥寿雄さん)

 

・コロナ禍で頼みのボランティア活動制約。

・カビが引き起こす肺炎「肺アスペルギルス症(肺に 穴)」「アレルギー症」他による健康被害に不安

(千葉大:亀井教授)

 

・「雨漏りを止めても天井や壁の断熱材が水を含んだままのこともある。シートに覆われた屋内は湿気がこもってカビが再びはえやすい」

 「コロナ禍で消毒液や防護服の価格も高騰して入手しにくいが、台風シーズンの再来を前に今やらないともっとひどい状況になる」

地元団体を率いる「鋸南RCV」堀田了誓代表

※詳細は、「最誓寺ニュース」

堀田了誓氏「鋸南町災害復興の歩み」を語る!

をご覧ください。



世間の常識と門徒

2020年7月1日

2020年 門信徒だより                2020年7月 1日(水)
                          慈 光(じこう)  

第8回 南ブロック連続研修会 !
    平成21年6月7日(日)13時~ 福田寺にて

6月
  ⑧世間の常識と門徒

■2020年6月15日最誓寺HP:「あまびえ」とコロナで
「因縁果の道理」について述べました。
かつて、この「因縁果の道理」について、研修会でお話したことを思いだし、その資料を探したところ、千葉組(千葉県の本願寺派寺院で組織)南ブロック連続研修会(平成21年6月7日(日)の講師で話した時の資料がありましたので、ご紹介したいと思います。(加除)

◆「門徒もの知らず」といわれるが,どういうことですか?
■「門徒もの忌(い)まず」という言葉が転じて,「門徒もの知らず」という言葉になりました。
「物忌み」というのは、今ふうに言えば「迷信」のことですから、「物忌み知らず」というのは、「迷信にとらわれない」ということです。ですが、現実問題として、門徒のあいだにも「物忌み」をする人がいないとはいえないでしょう。
真実の教えに導かれ生活している門徒は、・・・・・・。

 

続きを読む  世間の常識と門徒

 

主な内容

●『古事記』にみるケガレとミソギ

●清め塩、友引、仏滅・・・仏教ではどう説くか!

●忌み数 4(し)を「死」

    「4を死ではなく4合わせに」「4合わせが九る」(新聞投稿)

●三不浄(ケガレ)・・・出産、月経がケガレとは?(女性をケガレ、忌み嫌う・・・どう思う?)

●親鸞聖人、福沢諭吉から

 


「あまびえ」とコロナ

2020.6.15 浄土真宗本願寺派最誓寺住職堀田了正

 

「あまびえ」とコロナ

住職のひとり言

 

あまびえ コロナ
「まえびろ」ではありません。今度は、「あまびえ」です。

 

1 新型コロナナウィルスで話題になった「あまびえ」
先に取り上げた「前広(まえびろ」(安倍首相が予算委員会で発言した。)と同じ、私にとっては、初物。
「あまびえ」が政府公認キャラになったという。厚労省の新型コロナ啓発画像として起用された「あまびえ」。まず、何だろうと、右京さんでないけれど(度々ひとり言)、気になって、調べてみました。
「あまびえ」とは、ようするに疫病から人々を守るという伝説がある「妖怪」だそうです。

 

2 政府が「妖怪」頼み?
安倍政府公認のキャラクター(厚労省の公式Twitterに掲載された)が、「あまびえ」になったと、ネット上で話題になっている。

 

【「あまびえ」という妖怪を、政府公認キャラに。厚労省の新型コロナ啓発画像として起用。
「とうとう「あまびえ」様が政府公認になった」と喜ぶ声の一方、「厚労省の今やる事がこれなんだ...」と呆れる声も。】(ネット)

何でと,私は、気になってしょうがないのである。

「いつやるか?今でしょ(林修氏の常套句)」。いや、「今ではないでしょ」という声が挙がっている。
あれ?安倍政府が、妖怪頼みって、「何~~んで~かな?」って、ちょっと思ってしまう私である。

3 「あまびえ」とは

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忘却とは、忘れさることなり (住職のひとり言)

2020年6月1日 

住職のひとり言
今回は、忘却→募る→忘れる→忘れてはならない 最近使われた言葉にひとり言

なんか、連想ゲームみたいなシチュエーションだなと思われますか?
最近、突然ある言葉が脳裏を掠めた。それは、「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ・・・」である。

 

★「忘却」という言葉の想い出
脚本家・菊田一夫氏の代表作であり、1952年(昭和27年)からラジオドラマで放送された、「君の名は」の冒頭のナレーションである。「番組が始まる時間になると、銭湯の女湯から人が消える」といわれるほど、多大な人気を獲得した。1953年映画化もされ、3部作の観客総動員数は約3,000万人だったという。主演の氏家真知子:岸惠子、後宮春樹:佐田啓二(中井貴一は息子)の熱演、「真知子巻き」、「数寄屋橋」、「君の名は」の主題歌「君の名はと たずねし人あり その人の 名も知らず 今日 砂山にただひとり来て 浜昼顔に 聞いてみる」(歌手 織井茂子)」と、思わずくちずさむ、記憶がよみがえる。(なんだろうこの感覚は。言葉に表すことは出来ない。)テレビドラマ(4度)、舞台化もされた。

★「募る」という言葉が炎上?・・・・・

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伝えること・・・正しく、わかりやすく、誠意を持って

2020年5月1日 最誓寺住職 堀田了正 

今回は、「伝えること」について述べたいと思う。

最近特に、自分の想いを相手に伝えることの難しさを痛感している。
伝える方法はいろいろあるだろうが、私にとってはまず言葉による方法が上げられる。言葉で伝える方法にも、文字や語り(発声)によるものがあるだろう。
「語り」による時は、特に注意を要する。言葉の意味(自分の想い)が、相手にどう伝わるかである。
「漢字」の場合は、読み間違えると、全く伝わらないことがある。

★「云々(うんぬん)」を「デンデン」と
ある人が、「背後(はいご)」を「セイゴ」、「云々(うんぬん)」を「デンデン:伝伝と間違えた?」と言った(読んだ)という。自分で原稿を・・・・

 

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2020年4月12日 最誓寺住職 堀田了正      ボランティア団体「鋸南復興アクセラレーション」(代表:堀田了誓)の取り組み


台風15号被災から早7ヵ月 今なお続く再建への厳しい道

地元有志による鋸南町復興のために活動するボランティア団体「鋸南復興アクセラレーション」(代表:堀田了誓)の活動が、今注目されている。

2020年3月27日(金)地元紙「房日新聞」、2020年3月12日(木)白石治和鋸南町長との情報交換、2020年4月8日(水)18:10~NHK首都圏ネットワーク(4月20日:月「NHKおはよう日本」で再放送)等で取り上げられており、全戸配布の広報誌を読んだ町民から、ボランティア派遣依頼の声が数多く寄せられている。

コロナウイルス蔓延による緊急事態宣言が出されました。これにより、不要不急の外出自粛要請がされた影響で、県外からのボランティア・・・・・   続きを読む


2020/04/08 NHK総合 【首都圏ネットワーク】での紹介文
新型コロナウイルス感染拡大・千葉・台風被害から半年あまり・ボランティアにも影響が…
新型コロナウイルスの影響は去年、台風で大きな被害が出て復旧半ばの地域にも及んでいる。
千葉・鋸南町では去年9月の台風15号から半年余り経った今も、多くの住宅の屋根にブルーシートが広がったまま。(中略)

 

新型コロナウイルスの影響がこの状況をさらに厳しくしている。
復旧が進まない中、住宅のかび取りなどのボランティアを住民は頼りにしてきた。
しかし、その活動に支障が出ている。
堀田了誓代表のボランティア団体では、先月下旬までは東京や神奈川など首都圏からのボランティア延べ90人程度を受け入れ、健康管理を徹底しながら活動を進めてきた。
しかし先月末、週末の外出自粛要請を受け地元以外のボランティアの受け入れは一時休止。
今は堀田を含む3人で活動せざるを得ない。

2020年年頭のご挨拶 1月1日 浄土真宗本願寺派慈光山最誓寺住職堀田了正